先日、今年の夏の3ヶ月天気予報が発表されました。どうも今年の夏は暑いらしいです。それにしても最近のお天気はいつもおかしくて、「暑い」春であったり、「雨の降らない」梅雨であったりしています。つい先日もインドで季節はずれの大雨により、大変な災害となってしまいました。昨年の予測講演会でも今年は「洪水」による被害の拡大を予測いたしましたが、本当に困ったことです。異常気象という言葉がありますが、毎年異常気象だと、異常が普通になってきますので、異常気象とは表現しなくなってもいるそうです。本来異常気象の定義は「過去30年の気候に対して著しい偏りを示した天候」を指すらしいのですが、昨今は常に異常気象になっているというのもおかしなもので、人間ももう少し地球に目を向けなくてはいけないという自然の警告であろうと思います。
一時期、二酸化炭素による地球温暖化の防止が世界中で問題となり、アメリカのゴア元副大統領が発表した「不都合な真実」※1という本が注目されました。この時期は二酸化炭素の排出制限が活発に議論され、盛り上がりをみせましたが、アメリカのリーマンショックに端を発した金融不安と先進国の景気悪化、欧州連合のユーロ不安、それらに続く中国経済の減速、北アフリカ諸国での相次ぐ政府崩壊などによる世界的な経済・情勢不安で、環境問題などは吹き飛んでしまった感があります。人間の「のどもと過ぎれば熱さを忘れる」の典型でしょうか。
地球とのコミュニケーション
人間が生きてゆく基盤となる地球がこれほど悲鳴をあげているのですから、人間はもっと地球とのコミュニケーションを深めなければなない筈です。株価の動きには一喜一憂するが、風の吹き方、花の咲き方、雨の降り方には無頓着ではこれから先の早い時点で地球規模の自然災害と向かい合わざるを得ない道をたどっているのが今の人類といえるでしょう。「人間ごときが自然に対して何が出来るのか?」と考える方は多いことでしょう。しかしながら現在、地球環境に対してもっとも悪影響を与えているのはその「人間」であることも事実です。本当にその開発は必要なのか。本当にその原発は必要なのか等々。経済、政治レベルで考える必要があるでしょう。そして個人レベルでも、その消費は控えられるのではないか。別のやり方で生きられるのではないか…。その根源にあるのが、「行過ぎた物質欲」という真理です。未来創学アカデミーの根本理念でもあります。私は経済発展に反対ではありません。その方向性を問題として提起したいのです。公共事業を行う場合でも、箱物行政ではなく、荒れて放置された山林や河川、農地を積極的に整備・活用する公共事業に変えてゆくなどアイデアは幾らでも考えられます。フードロス※2の問題もあるでしょう。食品を作り出すために多くの山林が破壊され、酸素が減少し、川が荒れます。挙句の果てにその食料が大量に廃棄されてゆくという問題です。これなどはまさに個人レベルでも意識の変革によって避けられる問題です。まだまだいろいろあるでしょう。経済発展を続けながら「生源保守」をする、すなわち地球を保全してゆくという道です。人間こそが考えられることであり、人間こそが出来ることなのです。
オーラ・コミュニケーション
人間は生命力を持って生きている存在です。その生命力の輝きを「オーラ」と呼びます。以前セミナーの中で「内願外祈」というお話しをしたことがあります。生命力を集中する方向です。「願い事をするときには、オーラを自分に向けて内側に強く発し、人を想うときにはオーラを外側に発する」という原則。こうすることで、願いはより叶いやすくなります。関心のあること、物、人にオーラを向けることで、より「身近」になるという真理を表しています。何か物が欲しいとき、衝動的に手に入れるのではなく、その物に想いを寄せ、その物を使って幸せになる自分を想像します。そうすると本当に自分を幸せにする「物」は、必ずと言って良いほど近寄ってくるでしょう。仕事なども同じことです。如何に意識を集中させて対応するかにってその結果は大きく違ってきます。日本の諺に「類は友を呼ぶ」「噂をすれば影」というのがあります。最近、前者はあまりよいニュアンスで使われませんが、語源は決してそのようなことはなく、良いオーラを出していれば必ずそのオーラに惹かれてくる人がいるということです。噂をすれば影、というのは噂の相手が近づいているので、そのオーラを感じ取って話題にするという現象です。どちらも目に見えない人間の生命力=オーラが引き合うという現象なのです。ですから地球にも人にも、もっと「気を配らなくては」いけませんね。
デジタルで失うもの
最近は多くの人々がスマホを使っています。もうスマホと言ってわからない人は居ないくらいです。スマホにはさまざまなアプリを入れることが出来ますが、その利用方法の多くはコミュニケーションと情報収集なのではないか思います。しかし最近、企業の採用担当者などが同様に口にするのが、若者のコミュニケーション能力不足です。確かにスマホなどのデジタル機器は大変便利なものです。どこに居てもメールは読めますし、買い物も出来る。映画も見られれば、音楽も楽しめます。しかしこれによって心配されるのが、頭脳の消耗と判断力の低下。そしてコミュニケーション能力の低下です。医学的、脳科学的な実証はまだなされていないようですが、一時騒がれたパチンコ依存症などにも似た症状がでるとの報告もあるようです。少なくともネットゲーム等に費やされる時間は非常に長くなり、思考や創造の時間が減っていることは確かなようです。
また政府や軍事、企業においてサイバーテロは日常茶飯事となり、その技術は日に日に高度化、複雑化して、その対策は困難を極めています。人間の脳は過去に類を見ない消耗を強いられています。またそこまで複雑ではないにしろ、ネットから「与えられる」情報の多さは今までにないほどで、その選択だけでも大変な作業となります。また情報量の多さの反面、コミュニケーション・ツールとしては簡素化へと向かい、PCメールから携帯メール、ツイッター、そしてSNS※3と進化し、現在ではお互いのコミュニケーションはイラストで表現されるスタンプへと変わり、とうとうコミュニケーションから文字が消えてしまいました。これはこれで便利なことかもしれませんが、確実に文章力が衰え、人と人との直接的な意思疎通が衰えていることは確かだと感じています。これらのデジタルサービスは大変有効で便利です。しかし、人間は与えられる情報の選択だけではなく、自らが創造し、創り上げる能力にも長けています。今はまだ、過渡期であると考えていますが、使い方を誤ると、人間の能力そのものを阻害しかねないものでもあることを知りながら使う必要があるでしょう。携帯が日常的になる前は恐らく多くの方々が重要な電話番号は記憶していたことと思います。今は如何でしょうか。家族の携帯番号すら覚えていないのでは…。先日、面白い光景を目にしました。レストランでのことです。隣の席に、若い男女が座りました。仲良くメニューをみて注文をしています。ここまでは普通の光景なのですが、面白いのはここからです。注文をし終わった二人はすぐにスマホを取り出しお互いに操作を始めました。そして料理が来た後も、とうとう最後までスマホから目を話さず会話もなし!特別変わったカップルだったのかもしれませんが、異様な光景でした。スタンプや短文の文章ばかりだと表現力が乏しくなります。またメールやSNSだと感情が表現できるのに、人と面と向かうと出来なくなるという人も多くなっているようです。デジタルの負の側面といえば大袈裟でしょうか。
人生はオーラで変わる!
人間は生物ですので、オーラの接触で相手を感じる能力を持っています。第一印象などは最たる感覚で、これらを鍛えるのは人と会うことが最も効果的です。これからも、もっと心がけていただきたいことの一つです。そしてオーラを鍛え、方向性を間違えないように発することによって人生が思った方向へ向かい始める原動力になります。
魅力的なオーラを持った人には魅力的な人が引き寄せられるでしょう。そのために、地球を意識し、人を意識し、大いにオーラを放っていただきたいと思うのです。
※1:2006年のアメリカ映画。アル・ゴア氏のノーベル平和賞受賞のきっかけとなった作品。2007年に書籍化。特にアメリカ合衆国内では、ブッシュ政権が「地球温暖化など単なる学問上の仮説で、現実にはそんなことは全く起きていない」という公式見解を出して温暖化を否定し続け、国内のメディアもほとんどがそれに追従してきたため、この映画を見て地球温暖化問題について初めて知ったアメリカ人は非常に多く、合衆国内に強い影響を与えたとの評もある。
※2:フードロス:世界中で食料とされて生産されたものの約30%が廃棄されているとされる問題。その量は一年で約13億トンとも言われている。日本では、年間約1,800万トンの食品廃棄物が排出されており、このうち「フードロス」とよばれる「本来食べられるにも関わらず廃棄される量」は500~800万トンと試算されています(平成21年度農林水産省推計)。
※3:SNS:ソーシャル・ネットワーキング・サービスの略。社会的ネットワークをインターネット上で構築するサービスのこと。人と人とのつながりを促進・サポートするコミュニティ型の会員制のサービスと定義され、主目的は、人と人とのコミュニケーションであるとされる。