☆あえて政治を考えてみる


 皆様に心より新年のお慶びを申し上げます。

 明けましておめでとうございます。


 毎年、皆様より沢山の新年のご挨拶をいただいておりますが、生源保守の観点から誌上よりのご挨拶にて代えさせていただきますこと、ご理解いただければ幸いです。
 さて、皆様におかれましては昨年はどんな一年だったでしょうか。昨年のキーワードは「起点」でした。このキーワードの意味するところは「何か新しい始まりとなることが起こる」ということです。皆様に「始まりのきっかけ」はありましたか。それがたとえ良いことではなくても、そのことをきっかけに、今年は生活に大いに変化をつけて積極的に生きていただければと思います。 今は変化の波動が地球を覆っています。それに伴い、社会も変化をしようとしています。それは「今までの価値観ではなく、新しい価値観を人間が創造してゆく」ということです。具体的に言えば、昨日より今日、今日より明日、明日より明後日、どんどん収入が高くなることが幸福につながるのか、物質的に豊かになれば人間は満足できるのか、より技術が進み、便利になれば人間は幸せなのか…。このようなことを再び考えてゆく時代に入るでしょう。

 アメリカを筆頭に、先進国は第二次大戦後、幸いなことに経済的繁栄を謳歌してきました。日本も世界最高水準の物質的に恵まれた社会になったといえるでしょう。そして今、日本を含め先進国が体感していることは、経済的格差、物が溢れていても満たされない幸福感。そして何よりも近代世界の中で誰も経験したことのない「下り坂になってゆく恐怖感」を味わっています。過去にも人類は下り坂になる恐怖感を何度も味わっているはずです。しかしながら精神的な面で言えば、それが有効な経験として活かされていないという現実があります。領土を拡大し続け、世界最強の帝国といわれたローマ、広大な土地の支配権を争った中華民族。日本においても天下統一という名の下に同じ国の人間が争う戦国時代がありました。しかし、どんなに勢力を広げ、覇権を得ても、必ず衰退はやってきます。為政者は言うでしょう。「すべて国内を治めるためなのだ!」と。しかし、日本を見てもわかることですが、「日本のため」といって戦争をするよりも、現状の政治がたとえ情けなかったとしても、今の社会の方が争う社会よりどんなに良い事か。現在は考え方を変える「価値観の転換」の時代に入るのです。

 そこで、すでに経済的な豊かさを謳歌している国が新興国に対して「豊かさを享受しても虚しいだけ」と言っても説得力はないでしょう。ですが、「豊かさを達成しながらも満足感と幸福感の欠乏」を味わっている我々は、次の世代に対して、何が幸福であり、どこまでが満足感となるかを示しながら生きてゆくことが求められるでしょう。

 社会では世界中で政治が混乱しています。イスラム圏でも西欧諸国でもアジア圏でも起こっている現象です。これは何故なのでしょうか。その根底にあるのは経済的混乱です。貧富の差、そして働く場のない、将来に夢の持てない社会が蔓延しているからです。しかし、人間の欲望の表れである経済だけでなく、今起きている混乱は、人間の「考え方の変化」にも原因があります。人々は、今まで「当たり前」と思ってきた事柄に疑問を持ち始めました。経済格差や人種。社会思想、そして宗教思想も例外ではありません。あらゆる価値観に違和感を持ち始めたのです。私はこれは「進化」の表れだと直感しています。すでに人類のアセンション(生体エネルギーの進化)は2003年をピークに始まっていますが、10年の年月を経て徐々に表に現れ始めたのが現在の状況です。

 

今年を象徴するキーワードとは!?

 
 年末講演で発表をいたしましたように、今年のキーワードは「カオス」です。この言葉はギリシャ語ですが、その語源は古代ギリシャ時代に表された詩の中にあり、その意味は「すべてのものが存在する元となるもの」となっています。何かが存在し始めるためには元となるもの(空間)が必要なのだということです。このカオスという言葉を日本語では「混沌」と約しています。「混沌」を辞書で引くと、「天地創造の神話で、天と地がまだ分かれず、まじり合っている状態。カオス。」 「入りまじって区別がつかず、はっきりしないさま。」というのが代表的です。すなわち「訳がわからない状態」と解釈されています。

 私は、今年のキーワード「カオス」はまさに語源そのままを意味していると感じています。即ち、「新しいものが発生してくる時」が今年なのです。今までの価値観から脱却し、本来の価値観を創ってゆく時期が来たのだと感じています。

 今年を象徴した、このキーワードを聞いて皆様はどうお感じになるでしょうか。大方二つの考えに分かれると思います。「訳のわからない変な時代になるのか!」という方と「始まりのときなのか!」と考える方。私の感じるところは後者です。


今年は自主的に考えて行動する

 

 昨年の「起点」に基づいて、改めるところは改める。変えるところは変える。変にこだわらずに自分が変えたいと思ったならば変えてみる、というスタイルが今年の流れに合っている考え方だと思います。今まではどうだったか、という経験則も大事ではありますが、それよりも流れは新しい方向に向いています。「今まではこうだったが、今回は違うやり方をしてみよう。」というのが理想的です。過去の慣習や事例にこだわっていては新しい価値観は生まれてこないでしょう。今までのままでは、知らず知らずのうちに世界から取り残されていた、ということになりかねません。今年を楽しむためには新しい発想が必要なのです。

 例えば、わかりやすい価値観として、「お金はないよりあったほうが良い」というのがあります。確かにそうかもしれません。しかし、視点を変えてみて下さい。「お金持ちは皆、幸せとは限らない」幸福感とお金とは本来結びつかないものです。根底に必要なことは、「何かを成すために(自分のためでも社会のためでも)必要な手段」の一つがお金であるかもしれない、ということでしょう。技術の進歩も同じです。技術が進歩し、人は楽が出来る部分があります。しかし、それにより、今まで人手でやっていた仕事がなくなり職を失くす。楽をしたために身体が弱ってゆく…これも本末転倒です。人間にはある程度の負荷も必要なのです。医療でもしかり。薬が進歩し、多くの病気が治るようになりました。しかし反面、自己治癒能力が低下し、病原菌などは抵抗力がついてきてより深刻な病気をもたらすようになる…等々。物事には必ず「行き過ぎ」があるということです。

 今年は「本来は何か」「真理は何か」が問われ始める元年となってゆくでしょう。このように書くと非常に難しいと思われるかもしれません。そんなことはありません。気楽に考えて下さい。「自分のしたいことは何か」「自分の満足感はどこにあるのか」など、今年はまず考え方の基本に「自分」を置いて下さい。「我儘で良いのか」と思う方もいるかもしれません。でも人間は本来、自分がされて嫌なことは人にはしない生物です。ですが、そこにお金や物が絡んでくると、この原則を忘れてしまいがちです。これにさえ注意をすればよいでしょう。今年は過去にこだわらず、新しい自分を発見する良いチャンスになる年です。