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「都市修験者」のススメ

 古の時代より、人間は不思議な現象に恐怖や畏敬の念を抱き、また自分の持つ欲望などに打ち勝とうとしてさまざまな修行をしています。特にシャーマン、修験者などと呼ばれた人たちは目に見えない世界を実感し、その恐怖感を克服し、不思議な現象の解明をしようと修行を重ねます。

 また欲望から逃れようと社会生活から自らを切り離そうとも考え、彼らは山に籠もり、気が良いと思われる場所には修験堂を開き、流れが悪い場所には結界を張ろうと「入らずの山」などを作っていました。仏教においても同じような考え方はあり、人間が欲望から開放されるために「無我」の境地に至るための修行法などを追い続けています。ですからスピリチュアル系にも一部このような考え方により、修行的な手法を取り入れる人は多いと思います。

 

 もともと未来創学の考え方は「古来からの慣習や宗教的な解釈の影響をできる限り受けない」という観点から出発し、独自のチャネリングにより人間や宇宙のシステムを解明しようとしています。

 まず第一に、なぜ人間は大自然に恐怖や畏敬の念を抱くのか……。

 それは人間が大自然の中から生まれ、それに育まれているから。次に、人間の欲望はいけないものなのか……。もし人間に欲望がなければ人間の繁殖もありません。ですから人間が地球に存在していることすら矛盾となってしまいます。

 

 未来創学アカデミーがスピリチュアル分野の中でも考え方がちょっと違っているのがこれらの基本的な部分に関する解釈です。

 

 さて、お話を「修行」に戻しましょう。修験者は大自然の厳しさの中に身を置き、社会から断絶した中で自分を清め、高めようとします。これは大変尊く大変なことでしょう。しかしながら、ちょっと視点を変えてみましょう。

 

 多くの人は社会生活を送っています。この目に見えない世界、スピリチュアルを極めようとするとき、社会生活を捨て、自然の中で修行をしなければならないとするなら、それはかなり困難です。ですから「能力開発は難しい」と諦めてしまいます。都会の中で自然を感じることは難しいのですが、そんな環境の中でも感性を研ぎ澄ますと風の流れや雨の音を感じることはできます。ちょっとした緑に空気の浄化を感じることも出来るでしょう。

 社会生活における人間関係なども上手にいなして生活すると苦労も多く、いろいろ考えなくてはならないことが多いと思いませんか。

このように視点を変えて考えてみると、大自然の中で修行するよりも、社会生活をしている方が余程大変なことがわかります。

 

 そこで私が提案するのが、「都市修験者のすすめ」です。

 まず都会の中で「自然を感じよう」としてみてください。人間関係も自分を高める修行と考えましょう。これをするだけで、あなたの感性は研ぎ澄まされ、スピリチュアル能力の向上が可能です。この「意識の切り替え」で、あなたはりっぱな「都市修験者」となります。私は社会生活の中でこそ、自分向上の「修行」を積んでいただきたいと思うのです。